落ち着いた、というのかな・・・?別名WOGのドタバタ1999秋セメスター前編

12/30


 シャーロットに来てはや4ヶ月。未だに英語はマトモにべしゃくれない日々が続いておりますが、引っ越しとそれに伴うセットアップもようやく一段落し、やっと腰を落ち着けて勉強に専念出来そうな環境が整ってきました(って、今は全然やってないけど)。本来だったらこういうのは学期が始まる前に1ヶ月ぐらいかけて整えておくようなことが、WOGにとっては4ヶ月もかかったわけです。
 理由の一つはWOGのUNCCへの留学が決まるのが非常に遅かったこと。実はWOGはいろいろな大学にアプライしてはいたのですが、GREやらTOEFLの点がそれほど高くなく、またその大学に有力な知り合いの方がいるわけでもないWOGはことごとく振られてしまいました。結局5月下旬までにWOGが返事をもらったのはアラバマ大学だけ。素直にアラバマ大に行けばもっとマトモにアメリカ生活のセットアップをすることが出来たかもしれません。しかし、WOGが最後の頼みの綱としてアプライしたUNCCの返事を待たずに決めてしまうのはあまりに自分個人的にたえられなかったのです。
 5月から8月上旬まで、待っている間の期間はWOGにとっては拷問のようなものでした。WOGは奨学金をもらっていますが、その受け入れ先大学が本決まりになるまでは奨学金団体に毎日のようにメイルを書き、そして何度もアラバマとUNCCに連絡を入れる日々が続きました。あまりに決定が遅いので母親は心配になって毎日のように電話をかけてくるし、社会人になって自由の身になり彼氏と同棲したい妹は「早く決まって実家に帰れ」とプレッシャーをかけてくるし、日本の大学の方ではいろんな人に「で、どこに行くの?」と訊かれるし、「そんなこと言われたって向こうから連絡来ないんやから、どうもできへんってゆっとるやんけ!!!」と何度逆切れしそうになったことか。結局妹がうるさいので大学が本決まりになる前にWOGは実家に引っ越しをしなければいけませんでした。宙ぶらりんの精神状態で段ボールに物を積める作業はホントにきつかったです(泣)。
 実家に戻ってからも毎日のようにUNCCにはメイルを出していたのですが、留学生課からは何度メイルを出しても「まだ歴史学科からの返事が来ない。待て」の一点張り。とうとう業を煮やしたWOGは歴史学科にメイルで「私のアプリケーションファイルはどないなったんじゃい!!」と直談判を申し出ました。そうしたら歴史学科の学生事務担当のシンシア・カーナー教授からメイルが来て「え?あなたのファイル???そんなのあった???」との返事が来て逆切れ。こらー!!!!どないなっとんじゃいあんたらの書類管理はー!!!(激怒) 次の日、8/2の早朝、シンシアからメイルが来て「アナタのファイル、見つけたわよ!急いでサインして留学生課に送ったから1週間しないうちにそっちに入学許可証が届くと思うわよ!!」とのこと。
 はー・・・やっと決まった・・・(ToT) やきもきしていた母親もこのWOGの朝一番の吉報に嬉々として妹の引っ越しの手伝いに東京へと旅立っていきました。やっとUNCCに行ける!NBAでアントワンやヴィンスが見られる!ターヒールズのみんなに車で会いに行ける距離!!(←マジでそういう理由でアラバマを断ったWOG・・・^_^;; だって楽しみは多い方がいいじゃん!!)WOGの心は一気に昇天しました。(後編に続く)

 ホームにもどる